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私のおいたちと議員活動の原点

私の曾祖母は井上仲子といい、「筋骨矯正術」といういわゆる整体術を考案した人物です。

明治・大正にかけ、大阪・京都・東京などで「行気堂」という治療所を構え貧しい人を優先的に治療し、無料で施術する日には「赤い旗」を治療所になびかせたといいます。曾祖母の話は子供の頃から父に聞かされ、いつしか私も「人の役に立ちたい」と医療の道を志すようになりました。

 

子供(学生)時代
子供の頃は、遊びにも勉強にも積極的に取り組む、活発で元気いっぱいの子でした。茨城県の私学の進学校に進んだものの、そこでいきなり「中1ギャップ」の壁にぶつかりました。生徒達の“自分で考える力”や“創造力”を育むことよりも、進学校だったこともあり、受験に勝ち抜くための知識と技術を教え込む学校教育のあり方に疑問を感じる日々を送るようになり、大好きだった学校の勉強が大嫌いになってしまいました。中学・高校と柔道部で格闘技に熱中しながら、医療への道は諦められず、苦痛でしかなかった受験も何とか乗り切りました。

 

大阪の鍼灸学生時代に出会った恩師からは、「上医は国(政治)を治す」という教えを受け、ただ生業のためだけの治療家になるのではなく、“政治や社会を正す”という大志をもった治療家になれと常々諭されました。「命の沙汰も金次第」といった政治と社会の風潮が強まる時代、私が日本共産党と出会ったのは必然だと思っています。そして、そ祖母や恩師の教えが、日々の政治活動の支柱となっています。

「全ての人々の尊厳を守りたい-」

これが私のおいたちや経験の中で育まれてきた政治信条です。
鍼灸学生時代、長崎で開催された原水爆禁止世界大会に参加したことが、日本共産党に入党する大きなきっかけとなりました。学生時代に平和運動に触れ、鍼灸師として医療現場で働く中で、命の尊さや人間の尊厳を守ることの大切さを学ぶことができました。

「戦争も核もない平和な世界を」「医療も介護も安心して受けられる社会を」

というのが、私の議員活動の原点となっています。

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